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YMコラム
5月7日「受容の名人から発信の匠へ」

 現在の日本の列島にあたる地域にヒトがやってきたのは、3万年前とい うのが定説である。まだ大陸とは陸続きであり、おそらくは最初は動物た ちが豊かな餌を求めて、そしてそれを追うようにヒトどもが「陸橋」を渡 ってきた。森や川や海の幸に溢れる地域にやってきて、動物もヒトも豊か な生活を営んだことが想像される。どのような規模と道筋かは詳細が明ら かでないが、南の海から波濤を超えてきたヒトもあっただろう、中国や朝 鮮からも渡来したであろう。また樺太経由で北のルートを開拓しながら訪 れたヒトもいたに違いない。

 そしてある時代以降は、濃厚な大陸文化の匂いが立ちこめ始めたであろ う。文字のない人々の中に、中国の漢字が流入してきた。しゃべり言葉だ けはすでにあった証拠がある。文字の便利さに気づくや、この列島の人々 はそれを使いこなし始めた。ひらがなの発明、カタカナの工夫など、この 列島の人々は文字の文化を吸収するに当たって、極めて高い独創性を発揮 した。学んだことを変形させ、自分に最も適合したかたちに仕上げる上で、 この列島の人たちほど見事な腕を発揮した民族を、私は知らない。その能 力こそ「和」と呼ぶにふさわしい。

 それにしても、この列島に流れ込み改造された文化は、吹き溜まりのよ うな地理的位置から考えて、東へ飛び火する可能性が全くなかった。いつ もこの列島では、西からやって来る技術や文化を、使いこなし、作り変え、 素晴らしく自分の好みに合うものに変容させながら、幸せに生きてきたよ うである。7世紀後半のどこかで、日本という国らしきものが成立してか らも、この国の人々はそのつつましやかな姿勢を崩すことはなかった。時 々は野心に溢れた人たちが、朝鮮半島あたりに侵略の足を伸ばそうとした 時もあった。しかし全体としてみれば、いろんなものが入るばかりで出る ことはなかったと言っていいであろう。

 古代・中世に広く心を海外に向けて開いた時代は、わずかに奈良時代が そうだったと言えるだけではないか。高松塚古墳に描かれた服装のきらび やかさは、とても日本人の底流にある質とは異なっているように思えて仕 方がない。しかしこの時期に、この列島の人々が、めずらしく「グローバ ル・スタンダード」を追求していたのだと推し量ると、あのラーメンの器 を思わせる衣装の色合いは納得がいく。

 そして幕末から明治。この国の人々がみんなで海の向こうに想いを馳せ る時代がやってきた。今度は西からだけではなかった。むしろ東のはるか 海の向こうの国アメリカの「スタンダード」が気になる時代となった。そ してそれは、あの平城遷都どころの規模ではなく、「攻めてきた」近代国 家と近代科学の経験と成果は、この小さな国の人々を圧倒しつくした。小 さな波を無視して大きな波を見ると、人々は、この国で2000年近くも築い てきた文化を、西欧から入ってきた文化の下流においてきたような気がし てならない。

 かつて「この国は子どもの天国だ」とか「いのちを大切にするこんな素 敵な国はない」と絶賛された国と国民の面影を、現在の日本と日本人から 読み取ることは、かなりの難題である。しかし真実は真実である。私たち の先祖は間違いなくそうした評価を受けるような国を作っていたのである。 それはしかし、海外から流入してきた文化を、それほど批判することなく 受け入れ、咀嚼し、まさに最高度に改造するプロセスだった。そして自分 たちが自分たちの文化を自画自賛しながら進んできた国と国民の歴史であ った。

 かつて中国から入ってきた「蓋天説」や「渾天説」も、「なるほどそう か」とうなずいてみせただけで、格別それに批判的な眼を向けた形跡はな い。織田信長ほどの人でも、ルイス・フロイスに見せてもらった「地球儀」 を一目見るなり「なるほど」と叫んだそうである。その直感的な把握力は さすがだが、いかにも素直なものである。歴代の政治家で最も派手に見え る秀吉にしてからが、朝鮮半島への遠征を企てはしたものの、一敗地にま みれてすごすごと軍を退いた。

 過去のどの時代よりも大規模に、強烈なパワーでもって日本という島国 に襲いかかられて、日本人がその西欧のめくるめき科学・技術と文化に蹂 躙つくされる勢いになったのも、これまたせんないことであった。しかし やはりこの国の人々は明治以降にとんでもない学習力と融合力を発揮して、 100年かかって世界でも指折りの経済活動を展開し、特に科学的な技術に おいては、基盤は脆弱ながら世界的な業績も評価されるようになってきた。

 しかし何か私には不安がある。このまま西欧生まれの文化を「科学技術 創造立国」といういかにも西欧的なスローガンだけに託して「国家の危機」 を乗り越えていこうとしていくだけで、この国はよみがえることができる のか。これまで私たちが培ってきた文化を、もう少し自分らしさの基盤に 立ち、地球が抱えている主要な問題の解決に直結するために、死に物狂い で動員すべきではないのか。広く討って出て、初めて故郷に帰還できるの ではないだろうか。

 いま私たちは、西欧が遺した最もよいものと、私たちの先祖が遺した最 もよいものを、私たちの住むこの星に最も適合する姿に改造する時期に、 立ち至っているのではなかろうか。これまでの長い日本歴史のように、自 分たちが何かを獲得するために独創性を発揮する時代は去り、いま史上初 めて、自分たちが世界に貢献するチャンスが訪れている。「受容型」の文 化から「発信型」の文化へ、まだはっきりとは把握できていないが、私た ち自身が大きな決意をする時期となりつつあるのではないか。

 そんな思いを噛み締めながら、2泊3日の「小牧・宇宙の学校」のexten- sion講座から帰ってきた。「小牧・宇宙の学校」は、素晴らしい晴天にめ ぐまれ、牧田川の恩恵を最大限に受けながら、感動のうちに幕を閉じた。 そこで生じた素敵な人々との出会いと、渓流・澄天・いのちとの触れ合い から、私自身が巨大な贈り物をもらった。嬉しい嬉しい3日間だった。 「宇宙の学校」が、新しい可能性にめざめるきっかけになりそうな、わく わくする予感がある。この痛む左膝さえ完治すれば。

(YM)

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