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5月12日「ニュートンのリンゴの木が宇宙へ」

1 ニュートンのリンゴの木がシャトルに乗ってISSへ行く

 アイザック・ニュートン(1642〜1727)が万有引力の原理を発見するき っかけとなったリンゴの木が、宇宙に旅立って無重力を体験するらしいで すよ。もっとも、大きな木がそのまま運ばれるのではなくて、その木から とった高さ約10センチの小株です。今週14日(金)に「アトランティス」 に搭乗してISSに出発するイギリスのピアース・セラーズ宇宙飛行士が、 公式携行品として持参するのだそうで、ニュートンの肖像画もアトランテ ィスに「同乗」します。

 残念ながらリンゴの実はついていませんが、たとえついていても、無重 力ではリンゴが木から落ちないことが証明されるわけですね。(私の勝手 な想像ですが)その小株がフワフワ浮いている様子を肖像画のニュートン さんに見せているシーンなんかを地上に送ってくるのではないでしょうか ね。ニュートンの運動の第一法則(慣性の法則)の正しいことを目にして、 肖像画のニュートンがニヤリと笑ったりして……。

2 ウールズソープの話

 リンカーンシャー州ウールズソープでニュートンが生まれた時は、父親 はすでになく、3歳の時に母親が再婚したため、祖父母に引き取られて育 てられたそうですね。親の愛に恵まれない子どもだったようで、それが生 涯、彼の性格に影響したと言われています。

 1661年ケンブリッジ大学に入学し1665年に卒業した頃、ペストが大流行 していました。それを避けて故郷の母のもとに(すでに母の再婚相手は死 亡)疎開して、約2年間を過ごしたわけですが、その期間に、微積分、光 学、万有引力の法則といったことの発想をすべて得たといいます。ニュー トン自身、回想の中で、この時期が生涯の想像力の頂点だったと語ってい ますから、誰にでもそんな時期があるのですね。

 ニュートンが、その生家の庭でりんごが落ちるのを見て、万有引力の法 則を発見したという話は、誰でも一度は聞いたことがあるでしょうが、こ の逸話にはいろいろと憶測がなされていて、「ニュートンがいろいろ考え ていたときに偶然りんごが落ち、それでうまく結びつけただけ」という話 から、「科学音痴の貴族から“どういうことからあの法則を思いついたの か”と質問され、面倒くさいので“りんごが樹から落ちるのを見て”とい う話を思いついた」という話まで、さまざまな解釈がされているようです。

3 リンゴの木の後日譚

 このウールズソープの庭にあったりんごの木は1814年に枯れてしまいま した。しかし、その現場に、枯れ切る前に接ぎ木されて生き残った2代目 が植えられて記念樹となっています。なお、枯れた原木によって椅子が作 られ、残りの木材と一緒に英国王立協会と天文台に保管されています。

 この2代目のニュートンの木から接ぎ木で増やされた分身は、世界各地 で見ることができます。勿論、日本にもニュートンの木はやってきました。 その経緯をお話ししましょう。

 1960年代のことです。日本学士院長(当時)の柴田雄次博士は、イギリ スの国立物理学研究所長(当時)ゴードン・サザーランド卿と親しい仲で した。柴田博士はサザーランド博士に、同研究所内に植えてあるニュート ンのリンゴの木に実がなったら1個欲しいと頼んでおいたところ、1962年 秋に万国化学協会の実行委員会が日本で開かれた際、サザーランド博士が その木に初めてなったというリンゴの実を1個持参し、柴田博士との約束 を果たしました。

 柴田博士とその仲間たちが、この実の種子を播いてニュートンのリンゴ の木を育てようと考えていたようですが、1963年、その話を聞いたサザー ランド博士から「種子を播いてできた木は、ニュートンのリンゴの子孫で あるが、ニュートンのリンゴそのものではないので、本物の接ぎ木苗を送 る」という手紙が届きました。

 その翌年の1964年2月20日、柴田博士宛てにリンゴ苗木1本が航空便で羽 田国際空港に到着しました。ところが、この苗はリンゴ特有のウイルスに 感染している疑いがあるとして、条件付の輸入許可になりました。植物防 疫所が輸入元の柴田博士にこのことを連絡したところ、このリンゴの木は、 「万有引力の法則」を発見するきっかけになった由緒あるもので、日本に 導入できるようご協力願いたいとの返事だったので、横浜植物防疫所大和 隔離圃場で、1年間隔離栽培のうえ検査することになりました。

 検査の結果、残念なことにこの木は高接病ウイルス(Apple chlorotic leafspot virus)に感染しており、本当なら、すぐにも焼却処分にしなけ ればならない状態でした。しかし、このウイルスが接ぎ木以外の方法では 伝染しないこと、そして何よりニュートンの木という貴重な文化遺産であ ったこと、将来ウイルスの無毒化についての技術が確立される可能性があ ることなどを考慮し、関係者が協議のうえ、ウイルスが無毒化されるまで、 特別に焼却処分から逃れ、東京都文京区小石川にある東京大学理学部付属 植物園で、1965年4月10日から、ひっそりと隔離生活を送ることになりま した。この由緒ある木を引き継ぐには、接ぎ木しか方法がなく、接ぎ木を すると新しい木にもウイルスが伝染してしまうため増殖はできませんでし た。

 その後、農林省果樹試験場などで、高接病の無毒化の研究が行われてお り、その資料をもとに植物園の伊藤義治技術官が熱処理法によって、ウイ ルス無毒化の実験を行い、その結果育成できた苗木5本を、1980年1月に大 和隔離圃場に搬入し、検査を依頼したところ、再度にわたる検査の結果、 同年秋までに無毒化されていることが判明し、5本とも輸入が正式に許可 になったのでした。

 無毒化されたリンゴ苗木は、日本学士院より改めて小石川植物園に寄贈 されました。このように、この木が晴れて自由の身になったのは、サザー ランド博士から寄贈されてから約17年後の1981年1月20日のことです。し かし、この朗報を待つことなく、柴田博士は、前年の1980年1月28日、88歳 のご高齢で他界されました。

 この熱処理法というのは、高温下で木の生長を早めると、ウイルスの増 殖が追いつけなくなるのを利用して、高温・高湿条件下で伸ばした枝の先 端部を切り取って接ぎ木するというものです。さらに最近では、枝の先端 にある生長点と呼ばれる細胞を切り取り、培養・生長させて無毒化する茎 頂培養(micro-propagation)という方法も開発されています。

 現在、そのニュートンの木は小石川植物園に植えられています(図1)。 もうだいぶ昔のこと、その植物園で働いている友人から聞いたところでは、 毎年、植物園で4月中旬ごろから花が咲き始め(図3)、やがて実もなる そうですが、熟する前にカラスが引力の手伝いをしてしまって、自然に落 ちるのを見ることはなかなかできないのだそうです。日本国内各地に、ニ ュートンのリンゴの子孫はいますね(図2)。

 http://www.ku-ma.or.jp/ym/ym100512-01.jpg(図1)

 http://www.ku-ma.or.jp/ym/ym100512-02.jpg(図2)

 http://www.ku-ma.or.jp/ym/ym100512-03.jpg(図3)

4 「ケントの花」

 実は、このニュートンのりんごは、「ケントの花(華)」(Flowers of Kent)と呼ばれる品種なのです。熟すと濃赤色縞状に着色し、120〜250グ ラムほどの縞がある小さな果実です(図4,5,6)。樹上になっている ものは色が綺麗でも渋くて酸っぱいので食べられないといいます。私の知 り合いで、熟した状態のものを食べたことのある人がいて、落下後ややし ばらく熟させたものを食べると、甘く、酸の効いたいい味だそうです。す ごくおいしいと言っていました。まあ好き好きですが、とにかく今のイギ リスではそれほど食されてはいないようです。

 http://www.ku-ma.or.jp/ym/ym100512-04.jpg(図4)

 http://www.ku-ma.or.jp/ym/ym100512-05.jpg(図5)

 http://www.ku-ma.or.jp/ym/ym100512-06.jpg(図6)

 しかし、熟したものは、あまり保存が効きませんし、やがて果肉がボゾ ボゾと柔らかになってしまうので、やや未熟なものは料理用・加工用にも なるでしょうが、現在の流通市場には適応しない品種のようです。この品 種の果物には、風がなくても収穫前に落果する性質があるそうで、熟した 果実は全部落下します。

 庭に植えられている樹上の数百個のりんごが、比較的短期間内に次々と 熟して落果するのですから、ニュートンが生きていた頃の英国では、りん ごの果実が、風もないのに樹から落ちるのを見た人が多数いたものと思わ れます。万有引力の説明に、りんごの落下を引用した背景がよく理解でき ますね。しかし、このりんごをニュートンも味わったのかなと思えば面白 いですね。

 なお、セラーズ飛行士は12日間の飛行をしますが、宇宙空間を体験した リンゴの木の小株は、持ち主の英国王立協会に戻されます。大事に展示さ れることでしょう。

(YM)

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