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YMコラム
2月14日「糸川英夫先生の一期一会」

 来年2012年は糸川英夫先生の生誕100年です。その所為だけでもないか も知れませんが、最近よく先生のことを思い出します。

 1995年、糸川先生は、長野県上田市に程近い丸子町に終の棲家を定めま した(図1)。現在はその丸子町は上田市の一部になっているそうです。 この頃から糸川先生は、青春時代から大きな関心を寄せていたと思われる 人類の未来に、その頭脳のすべてを集中しながら過ごすようになったよう に見えます。それは、祖国日本の世界への貢献という問題意識と分かちが たく結びついていました。


(図1)糸川先生の終の棲家

 糸川先生が、晩年にしみじみと人々に語り続けた言葉に「一期一会」と い言葉があります。一期一会ということに関して彼がいつも最初に言及し た人は、丸子町に移り住む動機を作った金井剛さんという人物です(図2)。 糸川先生は書いています。


(図2)糸川先生の5回忌に(後列左から2人目が金井剛さん)

──信州と私は少なからぬご縁があり、私の後半生のかなりの時間をすご すための「すみ家」が出来るかも知れないところである。そこに金井剛氏 という存在がある。信州の私にとっての入口であり、恩人であり、価値観 の柱なのである。金井剛という友人の現れる前の信州と、その後の信州は 私にとって全くちがう。長い間、「他人」であった信州は、氏の出現によ って私の「身内」になった。──

 金井さんと糸川先生の出会いは古いものです。1985年に糸川先生が率い たイスラエルへの旅にツアーの一員として参加した金井さんは、丸子町に 建設予定であった音楽ホールの件で六本木に糸川先生を訪ね、以後急速に 親密の度を深めていきました。そのころ糸川先生が言ったそうです、「金 井さん、あなたと私は長い付き合いになります」と。こんな語り口は、糸 川先生の言葉としては珍しいのではないかと思います。よほどウマが合っ たのでしょう。金井さんはその後糸川先生が立ち上げた「アース・クラブ」 の事務局長としても八面六臂の活躍をし、陰に陽に糸川先生を全面的にサ ポートしました。上記の糸川先生の感謝の気持ちは、全く当を得たもので す。

 私が初めて金井さんに会ったには、東京駅のそばの喫茶店でした。その 時、金井さんは笑いながら語りました、「糸川先生とは、はじめは1年に 20日ぐらいだったのが、50日になり、100日になり、200日になり、先生が 入院されたときには、遂に一年に350日ほどもお付き合いさせてもらいま した。私の親父が入院したときでも、これほどは病院へは行きませんでし た。」

 信州への移住に先立つ1993年、組織工学研究所の年次大会が東京の明治 記念館で行われ、300人を超す人々が参加しました。ここで糸川先生が挨 拶に立ちました。時に81歳。普通の人で言えば、晩年です。ところが糸川 先生の闘志は少しも衰えないどころか、ここで彼は、人類全体のことを考 える組織を創る計画を発表し、新しい一つの時代への意志を表明しました。 健康の衰えを感じながら、なお最後の気力を振り絞って人生最後の仕事を 東京から離れて行おうと決心した糸川先生の「創造への意欲」は、すさま じいものであったと思います(図3)。

 このとき糸川先生の心に深くあったものは、「人類が21世紀に繁栄を迎 えるのか、滅亡に向かうのか」という切羽つまった問題意識でした。社会 主義のソ連邦が崩壊し、資本主義が勝ったように見える時代にあっても、 糸川先生は、アメリカを中心とする資本主義の諸国が内包する恐慌、バブ ル、その崩壊、資本主義諸国の人々の道徳性・倫理観の欠如など解決の目 処の立たない諸問題を凝視しつづけました。そして「資本主義は決して勝 利したわけではない」と断言しています。

 糸川先生の胸には、迫り来る自身の体力の衰えがあったでしょう。自分 の感じている未来の世界への不安が大きければ大きいほど、障害を乗り越 えていくための「同志たち」の存在が何よりも大切に思えたに違いありま せん。糸川先生の「一期一会」を、彼の心の豊かさや心の広さだけに還元 していくことは、私には賛成できません。むしろ、彼が抱えていたご自身 の課題の大きさと難しさがあったからこそ、糸川先生は、金井さんを始め とする出会う一人一人の人物の有難さをしみじみと感じ取ったのだと、私 は今にして想像をめぐらせています。

(YM)

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