コンテンツ
KU-MAについて
入会案内
リンク
会員向け

KU-MAの
おすすめ


超巨大ブラックホールに迫る
「はるか」が作った3万kmの瞳


自然の謎と
科学のロマン(上)

Newton編集長の実験と工作動くもの浮くものの不思議

Newton編集長の実験と工作─光や電気の不思議─


小惑星探査機「はやぶさ2」の大挑戦 太陽系と生命の起源を探る壮大なミッション


新しい宇宙のひみつQ&A


宇宙人に会いたい!: 天文学者が探る地球外生命のなぞ


宇宙の始まりはどこまで見えたか? 137億年、宇宙の旅

他にもおすすめがあります

YMコラム
3月11日「科学衛星の命名ものがたり(1)」

 「おおすみ」(大隅:OHSUMI)── 発端

 ──打上げ地に因んで「おおすみ」と命名します。今日は日本晴れ。 “澄”にも通ずるし、ローマ字の頭文字“O”で非常に小さいという感じ が出るので。オーとエスの間にエイチを入れてください。Ohsumiですね。

 1970年2月11日、日本最初の人工衛星が誕生した。その記者会見の席上 での、当時の東京大学宇宙航空研究所のリーダー、玉木章夫が、内之浦の 日本晴れの空を見上げながら、こぼれんばかりの笑顔で述べた(図1)。 生みの苦しみを支え励ましてくれた内之浦を中心とする人々への感謝の気 持ちを表明したものである。


(図1)初の人工衛星誕生

 玉木のすぐ後ろに寄り添うように控えていた田中キミ(当時の内之浦の 婦人会長)が両手の日の丸を掲げながら、「先生、有難うございます」と 叫んだ。そこに居合わせた人々の鮮やかな記憶として残っている。

 いまその記念碑は、内之浦の発射場の日当たりのいい場所に建てられて いる(図2)。その記念碑の碑文にあるアルファベットが“OHSUMI”では なく“OSUMI”になっているのは、何の手違いか皮肉なことである。


(図2)内之浦の「おおすみ」記念碑

 「たんせい」(淡青:TANSEI)── 受け継ぎ

 M-4Sロケット2号機によって打ち上げられたミュー・ロケット初の衛星 は試験衛星で、東大のスクールカラーに因んで「たんせい」(淡青)と名 づけられた(図3)。これも、「おおすみ」につづいて、糸川退官後のロ ケットのリーダー、玉木章夫の命名である。彼はふだん駄酒落などは口に しない。その彼が記者会見で、「たんせいは丹精にもつながるからいいね」 と恥ずかしそうに語呂合わせをするのがとてもおかしかった。ついでに言 えばその玉木がまた「端正」な人だったのである(図4)。


(図3)ロケットに結合した「たんせい」


(図4)玉木章夫(左)と森大吉郎

 「しんせい」(新星:SHINSEI)── 最初の投票

 M-4Sロケット3号機の打上げに先立っては、実験班の面々の間で衛星の 愛称公募が行われた。ミューセンター、レーダーセンター、テレメーター センター、コントロールセンター、……それぞれに投票箱が置かれ、一人 一人がひらがな・漢字・ローマ字の名前を投票用紙に書き入れて投げ入れ た。この時から、内之浦から飛び立つ衛星の愛称は投票を基礎にして決め られる慣例となった。その集計結果に基づいて、実験主任を含む長老の先 生方が、良識を以て愛称を決定するのである。必ずしも最大得票名になる わけではない。そして、打上げ成功後にその愛称を発表する習慣が定着し た。

 3号機は日本で最初の科学衛星を搭載していたが、フェアリングをかぶ せる前に、ミューセンターの組立室でみんなが別れを惜しんだ。側面にび っしりと貼られた太陽電池の紫色が目に鮮やか(図5)で、「しせい」 (紫星)という美しい名前を出した人もいたらしいが、選考結果は「しん せい」(新星)となった。当時の紙巻きたばこに「しんせい」というのが あった(図6)ので、選にもれた人が口々に「安煙草みたいでいやだなあ」 と遠吠えをしていた。これなどは、ひらがなと漢字で印象が随分と異なる 典型である。


(図5)初の科学衛星「しんせい」


(図6)たばこの「しんせい」

(YM)

TOPKU-MAについて入会案内リンク会員向け

このサイトの内容の無断転載・複製を禁止します