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3月23日「新たな地平を目指して」

 1 2007年5月、KU-MA(子ども・宇宙・未来の会)の設立に当たって、 「宇宙で子どもたちの心に火をつける」と題して、設立代表発起人として の呼びかけを行いました。当時の私自身の気持ちが、ありのままに表現し てあると思います。まずはそれを読んでいただきましょう──

   私の自宅の机の前の壁に、3枚の写真が貼ってあります。一番上は、地 表約400kmの上空からスペースシャトルの飛行士が見た地球(図1)。青 く美しく輝いています。真ん中の写真は、はるか38万kmの彼方からアポ ロ8号の飛行士が撮った、月面の上に浮かぶ地球(図2)。2000年に実施さ れた「20世紀の天体写真ベストショット」のインターネット投票でトップ になった写真です。一番下の写真は、はるか海王星の向こうからボイジャ ーが捉えた地球(図3)。孤独に、しかしわずかに青い光芒を放っています。


(図1)400 km上空から見た地球


(図2)月面から昇る地球(アポロ8号)


(図3)ボイジャーが海王星の彼方から撮った地球

   いのち──もう10年以上もこの3枚の写真を並べて眺め続けてきた私の 心をコツコツと叩く言葉です。どの写真を見ても、私の胸に、この故郷の 星に生きるさまざまな「いのち」へのいとおしさがこみ上げてきます。数 年前のこと。北海道のある町で、中学生たちにこの3つの地球を見せまし た。10分間ぐらいの時間を与えて、「この写真から連想する言葉をひとつ だけ書いてください」と言って、紙を配りました。驚くべきことに、72% の子どもたちが「いのち」と書いたのです。50歳以上の隔たりをものとも せず、私とその子どもたちの心は共鳴したのです。その夜、旅先のホテル で、私はKU-MAの設立を決心しました。

   私は30年近く、宇宙活動の現場を起点にして日本各地を巡り、多くの子 どもたちと出会ってきました。しみじみ実感するのは、子どもたちが生身 の自然や生き物が大好きだということです。中でも、「宇宙についての話 題が子どもたちの心を生き生きとさせること」にはいつも驚かされます。 多くの事柄が謎に満ちている宇宙についての話は、彼らの好奇心や想像力 をかきたて、宇宙への人類の果敢な挑戦の歴史が彼らの冒険心を刺激しま す。

   一方、新聞を開けば、青少年に関係した悲惨な事件が頻繁に報じられて います。それは日本だけでなく、世界のあらゆる国にまたがって「いのち の尊厳」が重大な脅威にさらされていることが、毎日の報道で明らかにさ れています。日本でも外国でも、子どもたちの「理科離れ」「知識離れ」 「社会離れ」という声が聞こえてきます。そんな子どもたちの状況に、一 石を投じるカギが、彼らの心に潜む自然や生命や宇宙への素朴な好奇心で あることに、私は「3つの地球」の一件で確信を持ったのでした。

 20世紀、人類は、宇宙が百億年以上前に誕生したことをつきとめ、やが て銀河や星が誕生し、地球上の原始的な生命、そして気の遠くなるような 過程を経て、私たちの「いのち」までたどり着いた進化の道筋を、一応筋 の通ったシナリオにまとめまげることに成功しました。子どもたちが素朴 な愛情を持つ一つ一つの身のまわりの「いのち」が生まれるまでに綿々と 連なる「いのち」のリレーがあったという事実、そしてその「いのち」が もともとは宇宙の銀河や星のかけらだったのだという事実を聞かされると き、子どもたちの心には実にさまざまな感慨が去来します。

 宇宙という新しい視点で大好きな自然や生命を見ることから、自然の不 思議さを感じ、さらに科学の謎解きの素晴らしさの一部に触れた子どもた ちは、自ら周辺の事物や事柄に一層生き生きと接しようとします。そして 自らの体験の中から、「いのちの尊さ」と「生きる意味」を学ぶようにな っていきます。この最初のきっかけ作りのチャンスを私たち大人が大規模 に整えてあげなければいけないと考えます。

   日本の人々はその昔から、豊かな森と川と海とともに生きながら、自然 のあらゆるものに「いのち」を感じるという感性を育んできました。地球 の環境がかつてない危機にある今こそ、このような日本の人々の感性を世 界に発信するときです。日本の子どもたちが「故郷の星」と「いのち」へ の限りない愛情を育み、世界の人々のために惜しみない力を発揮するため の準備を開始することが、彼らの人生を輝かせ、日本の豊かな未来を築く 最大の保証であることを、KU-MAの実践を通して証明していきたいと考 えています。

   KU-MAは、子どもたちの自然や生命への強い愛情に依拠しつつ、彼らが その秘密を理解し解き明かすための科学に深い関心を抱くよう、宇宙の探 求や宇宙活動で得られた知識や技術、私たちの宇宙に対する内発的な想い を総動員し貢献します。KU-MAの設立に賛意を表していただいた方々は、 自然科学・技術にとどまらず、芸術やスポーツなど広く文化の諸領域の人 々に及んでいます。それは、「宇宙」が、子どもたちが持つ多彩な可能性 と同じように、きわめて多面的であることの雄弁な証です。これらの人々 の強く暖かな支援をいただきながら、これからの日本を担う子どもたちの ために、みなさんと力いっぱい働きぬきたいと思います。

   日本は、宇宙活動の機関として、JAXA(宇宙航空研究開発機構)を有し ています。そのJAXAに2005年5月、社会貢献を果たす人づくりの仕事をす る「宇宙教育センター」が設立されました。また日本の国内外には、子ど もの未来のために献身するさまざまな組織、人々がいます。KU-MAはこう したかけがえのない組織・人々と緊密な連携を築きながら前進していくつ もりです。日本の国に、子どもたちとこの星の「いのち」の未来を思う太 い奔流を作り上げ、世界に発信していくことが、KU-MAの心からの願いです。

  2 以上が、KU-MA設立の際のメッセージです。

 あれから世界でも日本でもいろいろなことが起きました。そしてこのた びの東北・関東地方を襲った地震と津波は、これまで人間が営々と作り上 げてきた活動と生活の成果をあっという間に葬り去り、地球という小さな 星の活動力が、人間の考えているスケールに比していかに巨大なものであ るかを、地獄絵のようなシーンとしてまざまざと認識させるに十分でした (図4)。


(図4)気仙沼の惨状(3月11日)

 私自身について言えば、糖尿病・変形性膝関節炎(左)・坐骨神経痛(右) という三重苦を抱えて、東北の方々に対して、若干の義捐金を送る以外は 全く何もできないものどかしさと無力を感じ、歯ぎしりをしながらテレビ を通じて惨状を見つめる以外になかったのです。それから、福島原発のこ ともさまざまに私の心を刺激しました。まだ闘いは壮絶に続いています。

 その中で、そろそろ政府とその周りの人々の今回の動き、福島原発への 関係者の対応、地震学者の予測の問題などをめぐって、種々の批判が轟々 と興ってくる勢いにあります。それはそれで大事なことではあるでしょう が、大切なことはその姿勢にあるのでしょう。政敵を倒すだけを自己目的 にするのではなく、被爆への恐怖と先入観だけに基づいた元々からの反対 運動のためでもなく、ひたすらこれからの日本をどう立て直すのかという 真情に基づいて発言・行動すべきだと信じます。

   私の思い及ぶ限りで言えば、現時点ではまずは3つのことを訴えたいと 思っています。

2‐1 宇宙からの視座の新しい意味

   第一は、生き物の中で最高の存在であると(殆どの人が)信じている 「人間」の活動規模に比較して、宇宙や地球で起きる現象の規模が、想像 をはるかに超えて物凄いものであることを再認識しようということです。 それは、人間による自然の「征服」などという言葉がいかに空疎であるか を示しています。人間は生きていくために、何万年もかけて、確かに身の まわりの自然を変え、地球の表面を(見た目では)一新しました。数千年 前にカメラがあれば、その頃に写した写真は、今日の写真と比べれば、 「変貌」という言葉では言い尽くせないほど別天地になっていることは間 違いないところです。

   小学校の頃、ポンペイの話を聞いたとき、想像して身震いしたことがあ ります。何百年もかかって築き上げた立派な町が、一つの火山の爆発で一 挙に地下に埋もれてしまうなど、当時の幼い頭には十分に収容できないほ どの衝撃でした。その前には、私の場合、広島の原爆という事態がありま した。それはアメリカ人という人間がもたらした事件であることは確かで すが、私の心にとっては、原子核という自然物の持つ測り知れないエネル ギーの大きさへの驚嘆でもありました。

   私たちはこれからも、こうした「自然の不埒な力」と闘わなければ生き ていけないことは確かです。それがいわゆる西欧的なものの考え方という ものでしょう。日本はそのような視点から「科学技術創造立国」なるスロ ーガンを掲げたのでしょう。しかし、このたび日本を襲ったすべての事柄 は、「闘い」とか「予測」とかのレベルでやり直しをするだけでは、いつ か再び日本を襲うであろう同様の「自然」災害を乗り切ることはできない のではないかということを教えています。

   これは「自然と人間を対置して、敵としての自然が襲ってきたという考 え方」をすることの限界を示しているのではないかという予感です。かと いって「だから自然との共生なのだ」と鼻をうごめかせても解決しないの が厳しいところです。自然は人間の活動のスケールをはるかに超えている こと、言い換えれば、人間は自然の(つまり宇宙の)わずかな一部だとい う自覚から生まれる文明を、これから築いていかなければならないのでは ないかということなのでしょう。そしてそれを世界で先導できるのは、私 たち日本人なのではないかという予感も、私にはあります。それこそが真 の「宇宙からの視座」ということなのかな、と。そしてそれは、宇宙開発 や宇宙活動の意味を、新しく問い直すことでもあります。

2‐2 科学技術と人々の倫理のスクラム

 第二には、その宇宙のわずかな一部である人間が、その存在を維持する ためにこそ、私たちが奮闘してきた、いわゆる「科学技術」分野での活動 の意味が浮かび上がって来るということが大切なのだと思います。その立 場から見て、福島原発(図5)をめぐる事柄が提起した問題には、色々な 側面があります。


(図5)福島第一原発の現状

   いわく、「だから言わないことじゃない。原発なんか要らないのだ」 「東京電力はもっとちゃんとしろ」「これほどの津波が来るという予測が できなかった科学者なんて無能なのだ」。また対極からいわく、「そうは いっても原発がなければ、足りないエネルギーをどうするのだ」「東京電 力は悪くない。悪いのはそれに有効な助言をできなかった科学者たちだ」 「いや科学者にも分からないことがある。その予想をはるかに超えた今回 のことを教訓にすればいいじゃないか」などなど。これからかまびすしい 議論が始まるのでしょう。この場合、「誰が悪かった」かではなく、「ど うすればよかったのか」という議論にしたいものですね。

   それにしても、東京で計画停電が喧伝されていた頃、ほとんどの地区で は、停電は起きませんでした。企業も市民も一斉に電力節約を実施したか らでしょう。飽満経済で膨れ上がった贅沢を、一時的ならば「我慢」する ことができるのだということを、日本人は示したのです。これには正直私 はびっくりしました。やればできるじゃないか。復興への大きなポテンシ ャルを感じました。こうした自制した生活と科学技術とがスクラムを組ま なければ、日本は再生できないでしょう。この節電で示した私たちの倫理 観と「力を合わせる決意」を、これから長期にわたって忘れなければ、日 本の科学技術は、無味乾燥なものでなく、人々の熱い社会建設の力とのコ ンビネーションで世界の模範になることができるでしょう。

2−3 日本人の矜持と素晴らしさを世界に

   第三には、被災地の人々の素晴らしい楽天性と粘り強さ、福島原発の対 応に奔走した人々の死を賭した努力に、私たちの国の誇りを見ました。そ の模様は海外でも広く報道され、感動の渦を巻き起こしました。あれこれ 見ればそれとは反対のこともあったようですが、それは当たり前のこと。 私たちは、全体として見れば、卑屈になる理由はないどころか、胸を張っ て私たちの国の人々の素晴らしさに、矜持と自信をもつことのできる無数 の実例を手に入れたと確信します。同時に、それを讃える世界の人々の、 また何と素敵なことでしょう。

   日々CNNで報じられるニュースを見ていると、事故の大きさ、悲惨な人々 の様子、原発事故の外国への影響などへの関心が高いことをうかがわせる ことはもちろんですが、日本という国の状況が、経済的・政治的に見てい かに世界的に大きな存在になっているのかということを、今更ながら思い 知らされた気がしています。聖徳太子の頃も、国風文化華やかなりし中世 も、頼朝が幕府をひらいた時も、室町時代に現在の日本人の生活の基礎が 築かれた時代も、あの賑やかな戦国時代も、江戸の長期にわたる鎖国も、 幕末から明治にかけての動乱の世も、明治から大正・昭和と懸命に私たち が築いてきた日本の現代の建設も、振り返ってみれば、世界史的には小さ な事件だったのです。

   たぶんこの小さな私たちの国は、日清戦争から日露戦争あたりから徐々 に比重が増してきて、このたびのG7の措置に見られるような大きな存在に なっていることを、私たちはもう少し考えてもいいのではないかと考えて います。昔ならば、一つの外国が衰えていくことは他国からは歓迎すべき ことだったでしょう。現代はそういう時代ではありません。そしてこのた びの世界各国の円への介入は、世界にとっての日本の大事さを、とりわけ 象徴的に表したものでした。

   それは、私たちのやることは、今度のような災害に伴う事柄だけではな く、前向きのことだって大きな影響のある国になっていると自覚した方が いいということを意味しています。いい例が「はやぶさ」の地球帰還です。 昨年秋にプラハで行われたIAC(国際宇宙会議)の冒頭のIAF(国際宇宙航 行連盟)会長挨拶では、この1年間の注目すべき宇宙関連の事件のうちで 真っ先に言及されたのが「はやぶさ」でした。そして3番目が「イカロス」。 日本からの出席者はみんな胸を張りました。

  3 日本がこのたびの惨禍(図6)からどう脱け出ていくかに、世界の注 目が集まっています。これからの復興の道は険しいでしょうが、世界をアッ と言わせるような光景を現出できるよう、みんなで力を合わせようではあ りませんか。その姿を子どもたちに見せることが、これからの日本を背負 う可愛いジュニアたちへの、私たちの何よりの贈り物になるでしょう。


(図6)茫然とたたずむ被災者

   KU-MA(子ども・宇宙・未来の会)の設立の際の呼びかけは、今でも私 の心に鳴り響いています。しかし、今なお私たちが経験しつつある今回の 激震の中で、新たな視点でそれを思い起すべく、あらためて書かせていた だきました。今回のコラムはちょっと長くなってしまい、申し訳ありませ んでした。お互いいろいろな方法で頑張りましょう。

                      

(YM)

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