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 世界地図をひろげてゆったりと見ていると(図1)、太平洋を越えての文化の交流が開始される以前の日本では、文化がじっくりと時間を賭けて、「和」の精神で熟成して行ったことが偲ばれますね。それまでは、朝鮮・モンゴル軍がやってきた13世紀(図2)を除けば、どちらかといえば、こちらからも積極的に文化を受け取りに出かけて行った形跡があります。


(図1)世界の中の日本


(図2)蒙古襲来絵詞

 弥生時代や朝貢の形をとっただろう時代のことはさておき、西(大陸中国)を意識して使いを派遣した遣隋使と遣唐使(図3)は、この国の為政者たちが大きく心を大陸に向けて開いた時代でしょう。しかしやがて、その影響を国内で消化し、「和」を以て日本古来のものと融和させ、定着させる時代が長くつづきました。


(図3)遣唐使の通ったルート

 その間も大陸や南方とは、経済活動の上では陰ながらの交流もあったようですね。しかし文化的には表立った影響は及ぼされない時代だったでしょう。次に外国の文化にはっきりと心が開いて行くのは、戦国時代。事件としてはフランシスコ・ザビエルの訪日(1549、図4)でしょうか。異国・南蛮の文化が、西日本を中心として勢いよく入ってきましたね。


(図4)鹿児島市の照国神社のそばに立つザビエル滞在記念碑

 しかしこれも徳川の時代になって、日本は再び大きく閉じこもります。わずかに鹿児島の密貿易や長崎の公開のお付き合い(図5)を除き、日本国内で文化は熟して行きました。この約250年は、極東の海に囲まれた列島という日本の位置の特徴が、思い切り発揮された時のように見えます。最近の研究では、鎖国をしながらの日本の文化の熟成度は非常に高く、教育においても、この時代にこれほど識字度の高い国は、おそらく世界のどこにもなかったのではないかと言われていますね。


(図5)長崎出島の図

 ところが、おそらくペリーの来航が、この「誇るべき引きこもり」の扉をこじ開けました。おそらく史上初めて、日本の国土に、外国の文化が大規模に強制的に侵入してきたのです。そして明治政府はそれを先導的に国家の基本方針として採用しました。外国に出かけて行ってその状況をつぶさに見て、カルチャーショックを受けた彼らは、「そうしなければ、この国はつぶされる」とお思いもあったでしょう。よしんばその「文明開化」(図6)を支える精神的基盤が、教育レベルの高い庶民の間では「太平の眠り」の帰還に、しっかりと築かれていたに違いはありませんが、やはりショッキングな欧米の情景だったことでしょう。猛追が始まりました。


(図6)文明開化の一風景

 こうして到来した20世紀、日本は世界に討って出ました。日露戦争を境にして、日本は「極東の小さな島国」という存在ながら、ピリリと辛い印象を世界に与える度合いが強くなっていったのでした。どうでしょう、この20世紀の“Japan”の「成長」ぶりは! それでも第二次世界大戦で敗れるまでは、外からは、世界でも極めて異色の文化を持つあなどれない国(戦艦大和はその皮肉のような象徴です:図7)、内ではとんでもなく増長する神の国だったわけです。それが敗戦を契機にして、この国は断固たる欧米化の道を驀進します。


(図7)戦艦大和

 そして100年かかった長い道のりを経て、日本は人も羨む「一流国」に変貌しました。こうして大きな苦労の末に獲得したニックネームが、何と“Economic Animal”でした。この「愛称」を頂戴するプロセスは、まさに日本の古来からの伝統から脱却しようともがきつづけた歴史でした。その「成果」はバブルの時代を現出し、バブルが壊れた時、方向を見失ったこの国は、どこへ向かうのかはっきりとした舵取りのいない、「たゆたう小舟」(図8)みたいになっていたようです。ただしその小舟は、世界第二位の経済力を持つ「宝船」でした。七福神のいないまま20年が経過しました。総理大臣は毎年変わり、圧倒的に多くの国民がいつの間にか政治に期待を抱かない不思議な時代がつづきました。


(図8)たゆたう小舟?

 しかし国民が自国で営々と築き上げてきた文化から、たかが100年で逃れられるわけがありません。この「失われた20年」の間、日本の人々が育んできた精神の高さは、自分でも気づかないレベルにあったのです。一挙にそれが世界中の人々に知れたのは、皮肉にも昨年3月11日の東日本の大震災でした。避難をした人々の忍耐力、被災者でありながら他のもっと非道被害を受けた人たちへの思いやり、配給される物資を整然と列をなして受け取る礼節の心(図9)──どれをとっても世界を驚嘆させないものはありませんでした。こうして、100年かかって獲得できなかった日本人の心模様は、劇的に世界を感動させました。


(図9)整列する礼節の心

 すると、単純な足し算だと、日本人は「高い礼節の心を持つEconomic Animal」ということになりますね。まあ日本の中には、意識的に「Economic Animalでどこが悪い」と居直る人がいないわけではないけれど、そしてやはりそうは言ってもお金が欲しいと思っている人が多いことは確かだけど、現在の日本には、今この国が大きな転換期を迎えていると思っている人の方が、圧倒的に多いことを、私は全国的な規模で感じます。新しいタイプの日本人が生まれてくる予感のする時代が始まったのです。

 それはまだ予感でしかありませんが、「受容から発信へ」「獲得から貢献へ」──その新しい時代を担う若者たちはどのような特質を持っているべきでしょうか。これが、私たちの追い求めるべき、宇宙教育の出発点です。その姿が私にはくっきりと見えてきていませんが、少なくとも「宇宙を好きになってね、好きになってね」という活動から生まれるわけではないことは確かです。「はやぶさ」ブームが続いています。そのブームの渦の中にいる私たち自身が、その「好きになってね」タイプや、「はやぶさを見習え」タイプに陥ると、日本が抱えている、史上初めての生まれ変わりの課題が忘れられて行きます。日本が世界の中でたくましく生きて行くための「世紀の処方箋」について、みんなで激しい議論をしたいですね。
 

(YM)

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