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YMコラム
11月4日「「はやぶさ」の四大危機(2)──ガスジェットの故障」

   四大危機の(1)を書いてからしばらくの間、他のニュースにまぎれていました。会員の方々から、「危機はあれっきりか?」との質問も寄せられ、催促のメールもいただいております。お待たせしました。2回目の危機について述べましょう。

 11月26日に小惑星イトカワの上に美しいオペレーションでタッチダウンを敢行してから、「はやぶさ」は舞い上がりました。舞い上がった「はやぶさ」から猛烈な勢いでデータを取得しようと張り切っている人々の思いをよそに、「はやぶさ」の挙動が変なのです。たとえば誰も降下の命令を発していないのに、自然に高度が下がってくるとか……。

 「ガスジェットがおかしい!」──いろいろありましたが、結局ガスジェットのバルブを閉めました。検討の結果、どうもタッチダウンの最中に異常が生じたのだろうということになりました。姿勢がおかしくなっています。何が起きていたのか? おそらく、ガスジェットがランダムに噴きだし、噴きだしたヒドラジンが「はやぶさ」の体に凍り付いて、それがゆるやかな回転によって太陽の方を向いたとき、ヒドラジンが溶けてジェットとなってまた噴きだしたのでしょう(図1)。あちこちから噴きだすジェットのために、「はやぶさ」は首ふりを始めたものでしょう。


(図1)

 修復の試みもむなしく、ついにガスジェットは使えなくなりました。さあ困った。姿勢制御を司るのはガスジェットとホイールです。そのガスジェットがもう使えない。しかももう一つのホイールも3個のうち2個が壊れてる。つまりもう「はやぶさ」は一つの軸(Z軸:はやぶさの底から高利得アンテナの方に突き抜ける線)しか制御できないということです。論理的にはこれで万事休すかと思われました。

 しかしどうしてでしょう。みんなあきらめないのですね。何か方法はないか。果てしない議論がつづきそうでした。そのうち原点に戻って考えようということになりました。つまり「はやぶさ」を回転させるためには、どこかから噴射が起きなければ駄目だよね、と。この時点で噴射できるのは、イオンエンジンだけです(図2)。


(図2)

 ところがイオンエンジンのキセノンイオンを吐き出す4つの出口は、どこからジェットを出しても、その力は重心を通るように設計されているのです。図3をご覧ください。これは図2の4つのイオンエンジンの一つを左横から見たものです。イオンの出口の後ろ(図3では左側)に箱があって、その中にキセノンをぶち込み、それにマイクロ波という電波を当てると、プラズマができます。これはみなさんのお宅の電子レンジの状態です。電子レンジの中はプラズマ、つまりプラスとマイナスを帯びた無数の粒が高速で飛び回っています。その箱の前(図3では右)にマイナスの電極を置くと、電子レンジの中のマイナスを帯びた粒(この場合キセノンイオン)だけが引っ張られて(図3では右方向に)高速で噴きだします。すると反動で(運動量保存の原理で)左向きに力が働きます。その力が重心を通るので、「はやぶさ」は左向きに力を受けるのです。


(図3)

 しかし、公園のシーソーがまさにそうですが、力の釣り合いの位置に乗ってもシーソーは回転しません。シーソーの真ん中から離れた位置に座らなければ、シーソーは遊べないのです。つまりこうした力が働き限り、「はやぶさ」は左向きに動かす力しか働きませんね。体を回転する能力はないわけです。

 うーんそうか! それならば、力の方向が重心から外れればいいのだ。あのイオンエンジンの出口のついてる基板は少し回転できるって言ってなかったっけ? そうそう、少しは動かせるって言ってたよ。じゃあ少し回転させると、重心周りにトルクは働くんじゃないか(図4)。この言葉にプロマネの川口くんが飛びつきました。


(図4)

 國中くんがイオンエンジンのチーフです。川口くんは急いで國中くんの携帯にメールを打ちました。「急いで研究所に来られたし」。國中くんは自分の住んでいる団地の役員をやっています。ちょうどその役員会の最中でした。携帯が鳴りました。メールのようです。開けてきました。川口くんからです。急いで打ち返しました。「いま団地の役員会だから手が離せません」。すぐにまた返信が来ました。「団地の役員会よりも、きっと大事な用事です。やはりすぐ来てください。」

 深夜、車を飛ばして、仏頂面を下げた國中くんがやって来ました。イオンエンジンの基板を少し動かしてヒドラジンを噴かしてくれと言われて、國中くんは「基板は少ししか回らないから、力は重心のすぐそばを通るだけですから、ほとんどトルクは働かないですよ。トルクは(力×アームの長さ)だから、アームが短すぎてトルクも小さすぎますよ(図5)。そんなことをしたらキセノンを絶望的に使わなくちゃいけないから、キセノンが無くなってしまいますよ。」と悲鳴を上げました。


(図5)

 「でも、はやぶさの姿勢を正さないといずれ地球に帰ろうとしてもイオンエンジンをどう噴いたらいいのか分からないじゃない」と川口くん。「いや、姿勢がもし直ったとしても、その頃にはキセノンを使い尽くしているから、もう地球には帰れないですよ」と國中くん。噴いても地獄、噴かなくても地獄、ということになってきました。

 とその時、もっと若い船木くんがおずおずと提案しました──「キセノンの出口ではなく、中和器から生でキセノンを噴きませんか」。イオンエンジンは、プラスの電気を帯びたイオンを噴いて推進しますが、そうすると本体がマイナスに帯電します。マイナスの体からプラスを出すと当然引き合うから、せっかく噴きだしたプラスを引き戻してしまってエンジン効率が低下しますね。だからプラスの出口のそばにマイナスの出口(中和器)があって、そこからマイナスの電子を吐き出してプラスの流れと合流させ、体がマイナスに帯電するのを阻止する仕掛けになってるのです(図6)。この中和器からの噴射は斜めなので、重心からのアームの長さが長く、ここからキセノンを噴きだせば、働くトルクもうんと大きくなるのですね(図7)。それが構造上可能であることを、イオンエンジンチームの一員だった船木くんは知っていたのです。


(図6)


(図7)

 激しく議論していた川口くんと國中くんの表情が一瞬変わりました。「そうだ、それだ!」早速テストがされました。わずかながら姿勢が動くではありませんか。「よかった、これで帰れるぞ!」難点があることはあります。ガスジェットを使えば30秒ぐらいでできる制御が、この中和器からの生噴射だと3時間近くかかってしまうんですね。しかしながら他に手はないわけです。潔く耐え抜くことにして、中和器からのキセノン生噴射が始められたのが、2005年12月4日。

 こうして第二の危機は脱け出ました。12月5日。そのオペレーションを管制室で見守る私のそばに國中くん。大きなため息をついています、「どうしたの?」「いやあ、昨日1日だけで、キセノン3万円も使っちゃいましたよ」「ケチケチしなさんな。はやぶさはもっと高いんだから」「それは分かってますけどね。大体イオンエンジンは押すだけの役目だったはずですからね。回転まで受け持たされるなんて。キセノンって本当に高いんだから」。

 そばから若い仲間が茶々をいれます。「國中さん、そうくよくよしなさんな。3万円のステーキなんて、都内のホテルのレストランだったら、いくらでもありますよ」。キッとなった國中くん、「えっ、お前食ったことあんの?」「いや、オレはないですけどね」

 この危機を乗り越えた原動力はいろいろあるでしょう。大好きだからやめなかった、あきらめなかった議論、隅から隅まで知り尽くしていたメカニズム──しかし論理的には破綻している中でどうしても地球に帰ってきたかったメンバーの強い気持ち、つまりミッションを高いレベルで共有していることが、何といっても最高の力だったのではないでしょうか。こうして徐々に姿勢が戻ってきたと思っていた時、思いもかけないことが起きました。それは次回。

(YM)

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