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12月8日「「はやぶさ」の危機(5)イオンエンジンがすべて故障」

 こうして2007年にイトカワの近くを出発して帰還の途に就いた「はやぶさ」は、寿命を過ぎたイオンエンジンをだましだまししながらも、いろいろ工夫を重ねながら3年足らずを過ごし、2009年11月、ようやくあと半年で地球大気圏に辿り着くというところまでやってきました。途中で帰還を3年延ばしたわけですが、それは、大気圏突入に当たって起きるさまざまな危機の稼働、たとえばカプセルの分離、カプセルの耐熱シールドの取り外し、パラシュートの引き出しと展開、その後のカプセルからのビーコン電波の発信など、一連のシーケンスのそれぞれを構成する要素技術が、いちいち設計寿命を3年過ぎていることを意味します。

 日本各地に散在する中小企業、町工場の鮮やかな匠の技に依存しているこれらの一つ一つのイベントが、果たして滞りなく乗り越えられるだろうか。もとより日本の町工場の誇り高い技術を信じていればこそお願いしたものではありますが、数々の辛酸を舐めた時点で思い返してみると、ホイールの故障と言い、ガスジェットの弁(バルブ)の不具合と言い、赫々たる成果を誇るNASAを支えているアメリカの企業の蹉跌なのです。しかし地球帰還という「はやぶさ」の土壇場の成否を握っているのは、今や日本の技術です。「はやぶさ」チームは祈るような気持ちで、半年後を思い描いていました。

4  ところが、ある意味で楽しい半年後の夢がぶち壊される瞬間が訪れました。イオンエンジンが4機とも故障してしまったのです(図1)。この時点でのイオンエンジンは、もう「はやぶさ」を押すだけのエンジンではありません。機体の回転まで受け持つ「はやぶさ」がオンブにダッコをしてもらっているエンジンですね。その4つのエンジンがすべて故障したら、文字通り万事休すです。諦めるのが筋というものでしょう。そしてさすがの川口淳一郎くんも万策尽きたという感じの記者会見をやりました。「今後もイオンエンジンを復活させる努力をつづけたいと考えますが、おそらく駄目だと思います」──記者会見で初めて弱音を吐いた川口くんの弁です(図2)。


(図1)イオンエンジン


(図2)絶望的記者会見の國中くんと川口くん

 記者の間から悲鳴に近いため息が上がりました。これまで6年半くらいの間、密着取材を続けてきた記者も多いのです。強気で鳴る川口くんの「絶望の会見」は、さぞかしショックだったことでしょう。しかし、記者のみなさんの反応は暖かい雰囲気に満ちたものでした。すでにこの時点で、工学実験機としての「はやぶさ」は、世界初の仕事を5つか6つくらい成し遂げていたからでしょう。そもそも実験機というのは、世界で初めてのことを一つでも達成すれば褒められるものです。「はやぶさ」がよしんばここで精根尽き果てたとしても、誰が文句を言うだろう。よくやったよ、よく頑張ったよ。そんな声も聞かれました。目がしらの熱くなるような会見が終わりました。

 その晩の出来事。前にも言いましたが、1機のイオンエンジンは、プラス(キセノンイオン)の出口と、マイナス(電子)の出口を持っています。これを同期して噴射することにより、噴射ガスを中性にすることが必要なのですね。川口くんが思いつめた表情で語り出しました。 「Aのエンジンはプラスの出口が壊れていて、マイナスの方は生きている。Bは逆に、プラスが生きていて、マイナスが駄目。だからBからプラスを出して、Aからマイナスを出してクロス運転をしたらいいんじゃないか(図3)」川口くんの視線の先には國中くんがいました。國中くん、「原理的には可能です」。川口くん、「えっ? 原理的には可能って、どういうこと?」「AエンジンとBエンジンの間に電流が流れていれば可能ということです」「えっ、そうか。AとBは別々のエンジンだから、電気的につないでおく必要がないわけか。電流が流れる設計にはなっていないから、駄目なのか……」


(図3)4つの故障したイオンエンジン

 重苦しい雰囲気が走り、チームの面々の顔が絶望の色で曇りました。しばらく沈黙がつづいた時、國中くんが、その静寂を破って重い口を開きました。「実は、大変言いづらいことなんですが……」みんなが一斉に彼の口元を凝視しました。小さな声でした。「実はそれ、つないであるんです……」多くの口から驚きの声が漏れ、同時にいぶかしげな視線が一斉に國中くんの顔に集中しました。「イオンエンジンの電源が3つあります。それぞれのしかるべき場所にダイオードを仕込んであります」──消え入るような声でした。

 これには長いストーリーがあります。國中くんは、このイオンエンジンを20年以上にもわたって開発してきました。2003年。「はやぶさ」の打ち上げが近づくにつれて、國中くんの心は、愛しいイオンエンジンが惑星間飛行をやる日が来るのを待ち望む自分の心に、何か満たされないものがあるのに気づいていました。自らの胸に正直に問いかけてみると、それは「不安」でした。これまで苦労に苦労を重ねたイオンエンジン。もしこれが「はやぶさ」で成功を収めれば、この自信作は一気に世界中で使われるようになるだろう。しかしもし惨めな働きしかできなかったら? 自分が心血を注いできた研究生活はやり直しに等しいじゃないか……悶々とした日々が続きました。

 そして発射も数日後に迫ったある夜、ふと思いました。「そうだ、プラスとマイナスが別々のエンジンで壊れることがあるかもしれない。二つのエンジンのプラスとマイナスを組み合わせて1つのエンジンとして機能させることができるんじゃないだろうか?」夜の明けるのももどかしく、急いで実験室に急行しました。彼の実験室には、実機と同じイオンエンジンがあります。AとBのエンジンの間をつなぎました。いくつかの必要な手続きをして、Aエンジンからプラスのキセノンイオンを、Bエンジンからはマイナスの電荷をもつ電子を噴出するよう仕組みました。稼働! 出ました。ほぼ一つのイオンエンジン分の推力が確認できるではありませんか。ただしこれは、マイナス電荷うぃ帯びている電子の出口(中和器)を外側から中心に向かって出すようにしたのが功を奏したのです。中和器を4つのエンジンの中央部に配して外向きに出すように製作することもできたのですが……その幸運に感謝しながら、現場の責任者である堀内くんのところに足を運びました。

 NECの堀内康夫くん。イオンエンジンの現場の責任者です。國中くんとは東京大学の航空宇宙工学科時代の同期生です。このエンジンの開発においても國中くんと10年以上にわたって一緒に働いてきました。肝胆相照らす仲ですね。「おい、堀内。エンジン同士をつないでおこうよ。4機とも駄目になっても、助かるかもしれないよ」

 事情を注意深く聴いていた堀内くんの口から衝いて出た言葉は、「お前何言ってるんだ。正気の沙汰じゃないよ。考えてもみろ。はやぶさはこのまんまの状態で1年半ぐらいの厳しいテストに耐えて来た機体だよ。発射の数日前にそんな大事な個所に手を加えるなんてできるわけないだろ」「だって、4機とも動かなくなったら一巻の終わりだぜ。そうなったら救いようがないじゃないか」「ダメダメ。1年以上も前なら打つ手はあっただろうし、お前の言ってることは理屈としてはよく分かるけど、今はもう遅いよ。駄目だよ。それに考えてもみろよ。エンジン同士をつないだら、そのつないだ線の分だけ重くなるよ。そしたら軌道が変わる。打ち上げ条件の見直しや何かで打ち上げを延ばすとなると、1日3000万円だよ。数日延びただけで1億円には達するからなあ……」

 國中くんはしょんぼりと家路につきました。(まあ考えてみればそうだよな。堀内の言うことの方が筋というもんだろうな。もうちょっと早く考えついてればなあ……)しかし國中くんは根っからのエンジニアです。帰宅してからもその夜は容易には眠りにつくことができませんでした。そして夜が白々と明け始めたころ、閃きを感じてガバッと起き上がりました。(そうだっ! ダイオードだ!)

(つづく)

(YM)

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