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12月21日「「はやぶさ」の危機(6)星野君の二塁打」

 國中くんは、翌朝性懲りもなく再び堀内くんのところへノコノコとやってきました。「堀内。ダイオードならどうだ。ダイオードならせいぜい1グラムぐらいだから、軌道には影響がないよ」 堀内くんは、(話の筋が違う。軌道の問題は二の次ぎであって、打ち上げの前に機体に重要な変更を加えることこそが肝腎の問題なんだ)と言いかけ、國中くんの鬼気迫る真剣な目を見つめて、口をつぐみました。(こいつ、一生をかけてるな、職を賭してるな)黙って、イオンエンジンの設計図をとり出して、「イオンエンジン以外のところに影響はないかなあ……」とつぶやきながら。

 それからの数時間、イオンエンジンの回路を最も熟知している二人の、濃密な思考と議論の時間が流れました。やっと頭を上げた二人は、顔を見合わせました。「やるか……」こうして4つのエンジンの背後にある3つの電源のしかるべき場所に、一つずつのダイオードが、そっと挿入されました。堀内くんの脳裏に、その家族の将来のことがかすめなかったと言えば嘘になるでしょう。このダイオード挿入のために何か不祥事が起きれば、自分はNECにはいられないだろう──そんな思いはあったに違いありません。國中くんも堀内くんも骨の髄からスペース・エンジニアなのだと思います。

 この話を聞いたとき、私の頭に浮かんだのは、小さい頃国語の教科書に載っていた「星野君の二塁打」という一文です。うろ覚えで書くと、こんな筋書きだったと思います(大幅に違っている可能性がありますが)。 ──星野君が野球の試合に出ています。9回裏ワン・アウト、走者1,2塁。1点リードされている場面で星野君がバッターボックスに立ちました。監督が「バント」のサインを送りました。ランナーを2,3塁に進めておけば、次のバッターがヒットを打てば逆転できます。星野君は、監督の「バント」のサインを見て、ドキドキしました。自分が「英雄になりたい」との気持ちが頭を擡げてきて、その気持ちに勝てと言えばず、ついに強振。それが二塁打になりました。1塁ランナーが懸命に走って、滑り込み、セーフ! 逆転サヨナラ! 監督の渋い顔をよそに、星野君は同僚の歓呼の声に迎えられます。

 国語の先生がクラスに呼びかけました。「みんな星野君のこの態度をどう思う?」 さあ、激しい議論が始まりました。私は(やはり勝ちたいよな。結果がよかったからあれでいいんじゃないか。監督のサインを一回ぐらい無視してもいいんじゃないかな)と思いましたが、もちろんクラスには「たとえ試合に負けても、監督の言うことはきくべきだ」という人がいます。クラスはほぼ真っ二つに分かれて議論を開始しました。

 30分ぐらいは話したでしょうか、最後に先生が口を開きました。「わたしには、どっちが絶対的に正しいとは言えない。ただ一つだけみんなに言っておきたいことがある。これから先、みんなの一人ひとりがどんな人生を歩むとしても、この星野君のような立場に立って迷うことが必ずあると思う。その時には、あまり先入観にとらわれず、この場で自分が本当にどうすればいいかを、自分の頭で柔軟に考えて行動しなさい」と。その後この歳まで生きてくると、確かに「星野君的な立場」に立たされたことがたくさんありました。現在の立場で星野君の置かれた状況を考えてみると、星野君にとって一番安易な判断は、「監督のサインはすべて無視する」「監督のサインは絶対守る」という両極端です。必ず前者を選ぶと、そのうち星野君はレギュラーから外されるでしょう。後者を選ぶと、忠実な選手でいられるでしょう。あの場面で星野君がバントを成功させた場合、次のバッターがヒットを打てた場合と打てなかった場合で、星野君の心に何が残るか、これは結果論ですね。しかし野球というゲームの性格上、やはりあの場面はバントをするというのが正解であったろうと私は今では思います。

 では國中くんと堀内くんの場合はどうでしょうか? 彼らがイオンエンジンの回路を知り尽くしていたという条件を加味すると、結果としてはダイオードを挿入しておいたことは正解だったように思いますが、おそらく本当の正解は、もう一歩勇気を奮って、プロジェクトマネージャーの川口くんを仲間に入れて、結論を出すところまで行っていればよかったのかなと。川口くんは頭のいい男です。大局観もあります。真実は闇の中ですが、そうしておけば、星野君的な危険さからは脱出できたかなとも感じているところです。みなさんはどう思われるでしょうか。

 話は変わりますが、福島第一原子力発電所が大津波に襲われた翌日、3月12日午後7時4分ごろから原子炉を冷やすための海水注入が始まりました。東電は、あまりにひどい事故が起きた時のために、安全対策(accident management)を事前に策定していました。それによれば、海水注入は発電所長の権限で実施できることになっていました。。午後7時25分ごろには本社と現場とのテレビ会議で、「首相の了解が得られていない」との情報について協議し、注水停止で合意したといいます。が当時、吉田昌郎所長は反論しませんでした。ところが、吉田所長は注水をやめていなかったのです。その理由を「冷却が最優先でどうしても受け入れられなかった」と話しているそうです。

 だが実際は、「海水注入は首相が判断する感じがあり、その判断がない中で注入できないという空気を(官邸にいた東電関係者が)伝えてきた」(松本純一原子力・立地本部長代理)といいます。首相の意向に配慮するあいまいな経緯で、原子炉冷却の鍵となる作業の判断がなされていたことになります。

 吉田所長。これも星野君の立場です。そしてあの吉田さんのとった処置は、間違いなく正しい行動だったと私は思っています。吉田さんには、首相や東電幹部の指示が、原子炉のありのままの姿、その安全と危険の微妙な狭間にあることの理解に基づいてなされていない様子が、よく見えていたのだと思います。また「自分がいちばん状況を把握している」という確固とした判断があったのでしょう。そしてもちろん自分のクビを賭しての注水継続だったに違いありません。

 話が飛んでいきますが、杉原千畝の事件もそうです。人の命に関わることは、引き返すことのできない重大な決断が求められます。これを杓子定規に片づける心根だけは避けたいという想いが、現在の私の心境です。それは、コンプライアンス最優先の世界、、その窮屈さから、どこか脱け出たいという願望の表れなのかも知れませんね。こういう言い方をすると、「コンプライアンスにはもっと深い意味があるのだ」と言う人が必ず出現します。議論を「コンプライアンスとは何か」という議論に持って行ったら、筋が違ってきます。要は、何を最優先するかという判断基準の問題でしょう。

 それはともかく、こうして「はやぶさ」の第四の危機は乗り越えられました。本当はどうあるべきだったかはともかく、國中くんと堀内くんには心からの拍手を送りたいという私の心には、迷いはありません。

 こうして「はやぶさ」最後の危機は乗り越えられました。Aエンジンの中和器から出た電子とBエンジンから出たキセノンイオンは合流し、一つのエンジンとして「クロス運転」されたのです。地球帰還まであと7ヵ月余。「はやぶさ」チームの必死の軌道運用が再び力強く開始されました。(つづく)

(YM)

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