コンテンツ
KU-MAについて
入会案内
リンク
会員向け

KU-MAの
おすすめ


超巨大ブラックホールに迫る
「はるか」が作った3万kmの瞳


自然の謎と
科学のロマン(上)

Newton編集長の実験と工作動くもの浮くものの不思議

Newton編集長の実験と工作─光や電気の不思議─


小惑星探査機「はやぶさ2」の大挑戦 太陽系と生命の起源を探る壮大なミッション


新しい宇宙のひみつQ&A


宇宙人に会いたい!: 天文学者が探る地球外生命のなぞ


宇宙の始まりはどこまで見えたか? 137億年、宇宙の旅

他にもおすすめがあります

YMコラム
8月2日「誤審とロンドン五輪」

 ロンドン五輪では、日本の銅ラッシュが続いている。金メダルへの期待が強すぎるので、「もっと金」とマスコミは書き立てるが、これがほぼ定位置なのかも知れない。他国と比べると、この銅は一番多いのである。誇りとすべきである。国という単位で考えると、日本の政治はとても銅メダルをとれるような姿ではないから、ここは、スポーツ選手が必死で国の威信を保っているようなところがあると感じている。

 それにしても今回の五輪では誤審が目立つ。たとえば、柔道66キロ級の海老沼選手の準々決勝。韓国の選手を相手に、延長1分38秒に足技で一度は有効の判定を得たが、取り消される不運。旗判定となって、有効を取り消されている海老沼が優勢と思われたが、相手を示す青い旗が3本上がった(図1上)。会場の大ブーイングの中、畳の外で監視している審判員(juries)が協議した上、主審と副審に再考をうながした。国際柔道連盟(IJF)の川口孝夫審判委員が「こんなこと見たことない」と話す異例の2度目の旗判定。今度は海老沼の勝利を示す白3本(図1下)。


(図1)3つの青旗から3つの白旗へ

 その後のIJFのバルコス審判委員長の談話─「海老沼には有効に限りなく近いものがあった。ジュリーの責任は柔道の精神を維持すること。真の勝者が勝者として、畳を出ていくようにする責任がある」と説明。首の皮一枚で救われ、準決勝に進んだが、何とも後味の悪い準々決勝の判定だった。

 次いで体操。団体総合決勝で、あん馬が日本の最後の競技となった。最終演技者はエース内村航平。日本はここまで中国に次いで2位につけていた。その差は大きかったから、逆転は無理でも、銀メダルはほぼ確実と見ていた。ところが、フィニッシュが決まらず、着地は失敗。内村の得点は13.466点。この結果、日本の得点は271.252点となり、イギリスの271.711点、ウクライナの271.526点を下回り4位。

 ところが、ドラマは終わらない。日本チームは内村の得点について猛抗議し、審判団はビデオを見ながら再審議をした。最初「なし」とされた着地直前の演技を「あり」とするかどうかの協議らしい。10分後、抗議が認められて内村の得点は14.166点になり、日本の得点は271.952点にアップ、最終的にイギリスを抜いて銀メダルとなった。すでに「銀」と発表されていたイギリスの観衆が狂喜乱舞していたのだが、この再判定を静かに受け入れたのは驚いた。イギリスの体操団体のメダルは実に100年ぶりだという。判定にどう異議を唱え、最終結果をどう受け入れるか、これは難しい。これが逆の立場だったらどうだったろう。

 日本人にとって忘れられない誤審がある。2000年シドニー五輪の柔道100キロ超級である。篠原信一はフランスのダヴィド・ドゥイエを相手に、完全に内股を透かして、ドゥイエの身体がきれいに背中から落ちた(図2)。ひとりの副審は一本を宣告していた。ところがである。主審は何と言うことか、相手の内股を有効と判定。ドゥイエの優勢勝ちとなってしまったのである。


(図2)篠原の内股すかし

 この試合では、ドゥイエが執拗な反則行為(片襟)を繰り返していたのに、なぜ審判が見逃し続けたのか? また、上記の疑惑の判定。しかもこのときドゥイエは、篠原の帯をつかみ、振り回したあとに投げようとしている。これも明らかな反則行為である。が、結局篠原は銀メダルに終わった。

 そのときの篠原信一の談話─「金メダルを目指して頑張ってきたが、それが銀メダルに終わって、悔しい。感想も何もない。弱いから負けた。それだけです。ドゥイエはやっぱり強かった。誤審? 不満はありません。」潔かった。このときの判定は、後に明確に「誤審」と判定され、この誤審問題を機に、審判の判断を補助するために、ジュリーという制度が導入された。しかし、ジュリーの権限は次第に拡大し、とうとう「判決」にまで踏み込んだようである。

 思い出しついでに書いておこう。1969年の3月場所。初日かって連勝記録を45に延ばした大鵬は、2日目に初顔の戸田(後に羽黒岩と改名)とあたった。突き、押しを得意とする力士。大鵬の楽勝が予想された。戸田のぶちかましに大鵬は反身になり防戦するが戸田の出足は衰えず、押しまくった。大鵬は右から突き落としに出たが、戸田は落ちながら体を預け、大鵬が土俵を割った。きわどかったが相撲の流れは完全に戸田のものだった。

 行司伊之助の軍配は大鵬に上がったが、審判委員は全員一致で差し違いにて戸田の勝ちとした。かくて連勝はストップ。私の目にもやはり大鵬の負けと見えた。ところが肉眼はあてにならない。スローモーションの写真を見ると、戸田の右足の小指が先に完全に出ている(図3)。テレビ桟敷のファンから怒りの電話が殺到したらしい。協会は慌てたが、「判定にミスはない」と突っぱねた。


(図3)戸田の足が出ていた!

 でもこのことがきっかけになって、翌年の5月場所からビデオを判定の参考に取り入れた。土俵下にいる審判長のイヤホンも、ビデオ室の親方とつながるようになった。プロ野球は未だに審判の目に固執している。相撲協会の英断と言っていいと思う。

 2010年6月2日のこと。アメリカのメジャーリーグ。タイガースのアルマンド・ガララーガ投手は、インディアンス相手に9回2死まで一人もランナーを出すことなく、パーフェクト投球を続けていた。あと一人。観客が総立ちになる中、27人目の打者を一塁ゴロに打ち取り、ベースカバーに入ったガララーガは、グラブからわずかにボールがはみ出はしたが、確かに走者より先にベースを踏んだ(図4)。


(図4)ガララーガの歴史的瞬間

 しかしその瞬間、ジム・ジョイス塁審は両腕を横に広げてセーフのゼスチャー。当のガララーガや味方選手はもちろん、バッターまでびっくりの大誤審。監督の激しい抗議も実らず結局1内野安打完封となった。この瞬間、史上21回目、今季3人目となるはずだった偉業が、泡と消えた。 近年、大記録が達成されそうになると、アメリカの野球中継は臨時映像に切り替わる。この日の球場では、巨大スクリーンで映し出していた。「世紀の誤審」は、一瞬の間に、動かしがたい映像として全米に伝わったのである。

 試合後、メジャー審判歴22年目のジョイス氏は誤審を認め、ガララーガに直接謝罪。だが、マスコミは黙っていない。テレビはその日から翌日にかけてずっと誤審映像を流し続け、新聞には「完全犯罪」の見出しが躍り、ホワイトハウスの定例会見では報道官が話題に出すほどになった。ジョイス氏が住むオハイオ州では、同姓同名の別人、ジム・ジョイスさんの自宅に、中傷やいやがらせの電話が数十件もかかり、電話番号を変えざるを得なくなった。すさまじい「誤審効果」となった。

 そんな状況を救ったのが、実は「被害者」のガララーガだった。試合直後は、不平不満をこぼすどころか、柔和な笑顔で謝罪を受け入れ、ジョイス氏の胸中を思いやった。「僕以上に、彼の方が気分が悪いはずだから。完璧な人間なんていないよ」。翌日の試合前には、メンバー交換に姿を見せ、涙を拭うジョイス氏と固い握手を交わしたのである。デトロイトのファンのブーイングは、その後、徐々に拍手に変わった。ガララーガの名前は、ファンの心に、深く刻まれることとなった。

 誰もがミスをおかす。これは仕方のないことである。問題はその後の処理の仕方、対応の仕方である。この三つの誤審の場合の、篠原信一、大鵬幸喜、アルマンド・ガララーガの反応は、実に素敵だと思う。こうしたフェアな精神は、嫌な雰囲気を幸せな気分に一変させてくれる。スポーツの持つ魅力の大切な一つの要素である。

(YM)

TOPKU-MAについて入会案内リンク会員向け

このサイトの内容の無断転載・複製を禁止します